松居さんが率いるプロショップ『アンティフォン』のニューデモカー製作記をお贈りしている。デモカーに採用するスピーカーは、ダイヤトーンの新フラッグシップスピーカー『DS-SA1000』。前回には、ベースカーが変更されたことをお伝えしたのだが、今週は…。
そろそろ実装のタイミングではあるのだが、その前に1度、別のリポートを挟ませていただく。「貴重な体験をしてきた」とのことなので、それを綴っていただこうと思う。なんでも、スピーカー製作の最先端の現場を見ることができた、ということであるのだが…。
■かつて心酔したアメリカの名ブランド「JBL」への訪問が叶う。
新デモカーの製作は既報のとおり、予想外の新展開を迎えることとなった。スピーカーシステムのみを交換するつもりが、クルマそのものも入れ替えることとなったのだ。スピーカーを『DS-SA1000』へと換えながら、Audiで使用していたシステムをニューデモカーへと移設するつもりで目下制作中なのである。
しかしながら今回は、先日、貴重な体験をすることができたので、そのことをご紹介させていただこうと思う。今年の3月に、アメリカの老舗スピーカーメーカー「JBL(ハーマン)」を訪問する機会を得ることができたのだ。
「JBL」は、僕がオーディオリスニングの世界(沼)に引き込まれるきっかけになったメーカーでもあり、1度行ってみたかったところだった(以前には“信仰的”と言われてもよいほど傾倒していた時期もあった)。
さて。「JBL」は、創業者ジェームス・B・ランシングさんの頭文字からとった名前である。なんでも「JBL」を起業する以前の会社、「アルテック・ランシング」で“ランシング”の名前を商標登録していたために“ランシング”という名称が使えず、それで社名が「JBL」となったとのことだ。ちなみに当時は「JBL」のことを、「ジムラン」とも呼ぶ人もいた。
ランシングさんは、「アルテック」では、名スピーカー『ヴォイス・オブ・ザ・シアター』を生み出すこと等に貢献している。また「JBL」を設立した早々には、フェンダーのギターアンプに採用されるスピーカーも作り出した。
僕は20代の頃このスピーカーメーカーに、アメリカの音楽に心酔する部分も重ね合わせ、特別な思い入れを持つようになった。結果、身の丈に合わない大型システムを購入し、しかしながら上手く良い音で鳴らせなく苦しみ、気がついたらオーディオ屋の店員になっていたのだ。
今回渡米が叶い、当時の工場があった場所を訪れることができた。
その場所は今、研究開発を行う場所になっていた。そして、その中で行われている様子を見学できたのだ。
ところで、スピーカーの構造は至ってシンプルだ。磁気回路、コイル、振動板、それを支持するエッジとスパイダー、そしてシャーシであるバスケット。ほぼすべてのスピーカーが、これらを構成要素として成り立っている。
ところがこれらの構造や素材、重さや硬さの微妙なセッティング等々で、性能が一変してしまう。ローテクな時代にはそれらを定めていくための作業が、いわば、目と聴診器と触診で行う診療のように、技術者の感覚だけを頼りに行われていた。しかしハイテク時代となってからは、医療においてCT、MRI、PETといった画像解析ができるようになり、それらによって診断の精度が格段に向上したのと同じように、スピーカー設計においてもものすごく高度な測定が可能となった、とのことである。
事実、想像を超えた高度なシステム(診察器)がそこにあった。検査項目ごとにセッテイングされた無響室が複数あり、振動板、スパイダー、キャビネットまでが、微細な動きまでをレーザービームで監視され、それぞれが音波と関連づけられていく。
特に驚かされたのは、のべ13時間かけて(多くのアルゴリズムで)計測するシステムだった。そのシステムでは、振動板の動きをMRIのように解析できる。各インパルスの幅ごとの「よじれ」のような形状を画像で見て取るための装置であったのだ。
これは相当に画期的だ。測定とコンピューターシミュレーションの技術で、現代のスピーカーは進化しているのだ。ローテクな工業製品であったはずのスピーカーが、超ハイテクな科学技術で開発されているのである。
このようにして作られた最新のスピーカーなら、理想的な特性を発揮できても不思議ではない。そんなことをしみじみと感じた。
写真も何点か撮影させていただいた。公表する許可を得てきたので、ご紹介する。雰囲気だけでも感じ取っていただけたら幸いだ。