【意外なヒット】ダイハツ コペン 初代…リーザスパイダー があったので | Push on! Mycar-life

【意外なヒット】ダイハツ コペン 初代…リーザスパイダー があったので

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ダイハツ・コペン初代
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ダイハツの予想外ヒット車種として、『コペン』があります。年末年始の読み物「意外なヒット」シリーズ、名前を聞けば誰もが知っているヒット作ながら、当初はそれほどの成功を誰も予想していなかったモデルを紹介しています。

ダイハツの軽オープンカーの歴史は、実はコペンが最初ではなく、『リーザスパイダー』から始まりました。そのデビューは1992年、バブル最後期で各社から後に「ABC」=マツダ/オートザム『AZ-1』、ホンダ『ビート(Beat)』、スズキ『カプチーノ(Cappuccino)』の頭文字で呼ばれる軽スポーツカーがこぞってリリースされた頃です。ライバル達の動きに呼応するように、ダイハツも軽オープンカーを出すことに決定しました。

しかし、ライバル達が世に送り出した「ABC」が軽スポーツとは思えない専用ボディを持っていたのに対し、リーザスパイダーは当時の3ドアハッチバック軽自動車である『リーザ』の屋根を切って幌をつけただけ。それにも関わらず、2名乗車に変更されていたり、登録も改造車扱いだったり、トランクがなかったりと、中々突っ込みどころ満載のモデルでした。やはり販売面でも振るわず、1993年に生産終了、諸説ありますが、わずか380台が生産されたのみにとどまるという空前の大ゴケモデルとなりました。

リーザスパイダーでの大きな失敗の歴史を持つダイハツだけに、今回取り上げるコペンをリリースすることには大変慎重でした。コペンの発表は1999年の東京モーターショーでしたが、既に市販直前のような非常に完成度が高い状態のコンセプトカーとして出展されました。そこで大きな反響を得て、市販にGOサインが出されましたが、実際のリリースは3年後の2002年からと、商品サイクルが早い軽自動車としては大変長い期間が熟成に充てられました。リーザスパイダーでの苦い経験がそうさせたことでしょう。

満を持して登場したコペンは、軽自動車とは思えない魅力的なスペックを備えていました。軽自動車としては採用事例の少ない直列4気筒DOHCターボエンジンや、最大の特徴である電動式油圧リトラクタブルハードトップを採用しました。さらにこだわりは生産ラインにも展開されていました。ダイハツ本社工場には「エキスパートセンター」と呼ばれる区画があります。すべてのコペンはダイハツの社内技能認定制度で2級以上を取得した熟練工のみが作業を許されるこの区画で、手作業による最終調整を受けて誕生します。このエキスパートセンターは、後に「コペン工房」と呼ばれる様になり、現在もコペンの生産が続けられています。

2002年のデビュー以来、コペンは10年間という、軽自動車では異例のロングランヒットを続け、まさにダイハツのフラッグシップモデルとして君臨しました。その後はまさかのモデルチェンジを果たし、2代目へとバトンタッチすることとなり、今も堅調なセールスを記録しています。

前述の通り、コペンは大成功を収めた数少ない軽オープンモデルとなりましたが、そのデビューは、苦い経験を経たダイハツだからこその、慎重なものであったことはあまり知られていません。
《山里真元》

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