【ボルボ V40 試乗】数値にあらわれないブラッシュアップを感じる…中村孝仁 | Push on! Mycar-life

【ボルボ V40 試乗】数値にあらわれないブラッシュアップを感じる…中村孝仁

ボルボ『V40』がマイナーチェンジされた。デビューから3年が経過し、この間数多くのバリエーションを展開してきたV40。当初は衝撃的な269万円というCセグメントでも安いモデルとしてデビューしたが、今やラグジュアリーモデルへと進化している。

自動車 試乗記
ボルボ V40 改良新型
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ボルボ『V40』がマイナーチェンジされた。デビューから3年が経過し、この間数多くのバリエーションを展開してきたV40。当初は衝撃的な269万円というCセグメントでも安いモデルとしてデビューしたが、今やラグジュアリーモデルへと進化している。

外観に手を加えたのは今回が初めてのことだ。大きく変わったのはフロントマスク。しかもグリルは車種グレードによって4つも用意される。基本的に変わったのは、従来の横バーグリルから新ボルボデザインの先鞭をつけた『XC90』譲りの縦格子グリルになったこと。そして中央につくボルボのアイアンマークとそれに繋がる斜めのラインにアイアンマークの矢印が一致したことなどだが、何より無様だったレーダーカバーがグリルに馴染んでほとんどわからなくなったことが、個人的には最も進化したところだと思っている。次にヘッドライトにもXC90譲りのTシェイプLEDライトが装備された。他メーカーではオプション設定されるケースのあるLEDヘッドライトだがボルボはV40に関して全車標準である。

前述したアイアンマークの変化はホイールやステアリングのエンブレムにも反映されているから、ボルボエンブレムが付くところはすべて変わっている。余談ながら従来“VOLVO”と書かれていた社名の背景はブルーだったのだが、今回はすべてブラックとされた。しかし、かといって名刺に刷られたエンブレムやバナーなどでは依然としてブルーが使われていて、まだまだ過渡期の感がぬぐえない。

インテリアで印象的だったのはシティウィーブと名付けられたテキスタイル地のシートが採用されていることである。このクラスのモデルは本革シートとほぼ相場は決まっていたのだが、新たにテキスタイル地で登場したことには拍手を送りたい。自動車の歴史を遡ると、まだ運転手付きで、オーナーは後席が常識だった時代、本革シートは運転手用で後席はモケット、ベロアなど布地が主流。いつの間にやら逆転して、本革=高級となったが、下手な本革よりはテキスタイル地の方がよっぽどバラエティに富んだ展開が可能だし、ひょっとするとまた日本では西陣織りなどが高級の代名詞になる可能性だってある。

また今回のマイナーチェンジでボンネットの隙間からエアバックが飛び出す歩行者エアバックも全車に標準装備された。V40に限らずボルボの良いところはほとんど後付オプションの必要性がないほど、標準装備が充実していることで、ベース車両価格に諸費用を加えればそのまま乗り出し価格として通用することで、同じセグメントのライバルだとオプションだけで100万円以上などというケースが散見されるから、買う側にとっては有難い。もっともそれによって衝撃的だった269万円のベース価格は、エンジンが1.5リットルに格下げされたT3でもベースグレードが339万円まで引き上げられてしまったが…

今回はグレード名も変わった。下から「キネティック」、「モメンタム」、「インスクリプション」などと名が付き、この上に従来からある「Rデザイン」がトップモデルとして君臨する。そして冒頭に述べたようにこれらを識別するのが実はグリルデザインなのである。

試乗は「D4」と「T3」。メーカー側の発表ではメカニズムは全くいじっていないという。だが、ヨーロッパメーカーにありがちな数値を変えないブラッシュアップが施されているのか、両車ともに走りのスムーズさが従来にも増して高くなっていると感じられる。D4の方はさすがに190ps、400Nmもあるので文句なくパワフルに感じ、この点ではライバル中最強の印象が強い。ただし、最上位モデルインスクリプションのお値段は車両本体価格で今や439万円。パノラミックルーフなどのオプションが付いた試乗車は471万5000円であった。

■5つ星評価
パッケージング ★★★
インテリア居住性 ★★★
パワーソース ★★★★★
フットワーク ★★★★★
おすすめ度 ★★★★★

中村孝仁(なかむらたかひと)AJAJ会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来38年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。
《中村 孝仁》

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