アンティフォン 松居邦彦の『カーオーディオ そこんとこ、実際ど~なのよ?』 No.91 オーディオを楽しむことの意味とは…。その1 | Push on! Mycar-life

アンティフォン 松居邦彦の『カーオーディオ そこんとこ、実際ど~なのよ?』 No.91 オーディオを楽しむことの意味とは…。その1

音楽の楽しみ方には、大きく分けて2つがある。生演奏を楽しむことと、録音した音源を楽しむこと、以上の2つだ。今回は、その2つを比べたときの、後者の意味について松居さんに綴っていただいた。興味深い内容であるので、ぜひ、じっくりと味わってお読みいただきたい。

カーオーディオ 特集記事
アンティフォン 松居邦彦の『カーオーディオ そこんとこ、実際ど~なのよ?』 No.91 オーディオを楽しむことの意味とは…。その1

音楽の楽しみ方には、大きく分けて2つがある。生演奏を楽しむことと、録音した音源を楽しむこと、以上の2つだ。今回は、その2つを比べたときの、後者の意味について松居さんに綴っていただいた。興味深い内容であるので、ぜひ、じっくりと味わってお読みいただきたい。

オーディオマニアの1人として、そしてそれを仕事にしている1人として、「オーディオとは何か」と考える。

突然なんじゃと思われたかもしれないが、こんなことを言い始めたのには訳がある。それはこの原稿を、ライブへ向かう新幹線の中で書き始めたからだ。僕はパット・メセニーが大好きで、20代の頃から、友達の結婚式当日と重なってしまい断念した1回を除き、来日公演はすべて観ている。リリースしたアルバムもすべてを持っている。今日はそのメセニーのライブを観るために、北陸新幹線で東京へ向かっているのである。

さて。

現代の音楽愛好家にとってオーディオで音楽を聴くのはごく普通のことであるが、これがない時代は、音楽とは触れられる機会は生演奏以外はなかった。そんな中でも脈々と継承されてきた音楽もある。しかし、オーディオ(録音する機械)ができ、普及することで、急激に音楽という文化が深まったと、僕は考えている。レコードを制作し、出版する新しい表現の世界が生まれたことで、音楽が普及し発展したのは事実だと思う。

そのオーディオも、70年代にはブームとなって盛り上がった。僕はその時代の影響をモロに受けて育ち、そしてとうとうオーディオ屋になってしまった、というわけである。

ところで僕にはもう1つ、“トランペットを吹く”という趣味があり、今でもバンド活動を続けている。小学生の時、クラス全員にトランペットのマウスピースが回され、音が出せるかどうかというゲームが行われた。僕はそこで偶然にも音が出せた。そのことがきっかけでトランペット鼓隊に入ることになり、それが今まで続いているのだ(今はトランペット鼓隊ではないが)。

ところが…。その分野の音楽仲間には、なぜかオーディオ好きは少ない。音楽に直接触れることで満足しきってしまっているようなのである。

僕も以前はそうだったのだけれど、自分たちの演奏を録音してもらったことがきっかけで、オーディオの世界へ足を踏み入れることになった。

生演奏至上主義的な考えの人は確かにいて、僕らのように装置にお金をかけるより、「その金で演奏を聴きに行けばいいのに」と思っているらしい。

確かに生演奏の刺激は絶対的で、レコードで聴くのとは比べ物にならないが、それはあくまで受け身の状態である。お祭り状態でもあるその場の刺激で聴いている時のテンションも上がるため、その場の雰囲気に流されている状態であり、実物以上に大げさな捉え方をしがちである。

「心酔し過ぎてしまう」のだ。

それに対してオーディオリスニングでは、冷静に実物の世界を感じることができる。そしてその装置の音にこだわることで、さらに深く満喫できるようになるのだ。

レコード(CD)は、アーティストだけでなく録音制作をする人の力も加わり、ある意味、生演奏以上の音楽性を発揮している場合もある。さらにそれを自分の美意識で構築した装置で再生するといった面白さは、自分が主役であり、より深く音楽を楽しむ行為なのだと、僕は考えている。

さて、そうして30年以上聴いてきたメセニーの演奏を、今日に限ってはリアルで聴ける。オーディオで聴いているからこそ、今日という日がより刺激的になっているのではないだろうか。楽しみでしかたがない。

《松居邦彦》

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