【トヨタ 86 GRMN サーキット試乗】モノが違う、100台限定のセミレース仕様…中村孝仁 | Push on! Mycar-life

【トヨタ 86 GRMN サーキット試乗】モノが違う、100台限定のセミレース仕様…中村孝仁

自動車 試乗記

トヨタ 86 GRMN
  • トヨタ 86 GRMN
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  • インテークマニフォールドはGRMN専用
  • ボンネットはご覧の通りCFRP製
その価格、648万円。ベースとなった86の値段を考えると倍以上。そりゃあ高いと思うあなた。この『86 GRMN』はモノが違います。

改めて、GRMNとは何か。GRはGAZOO Racing、即ちトヨタのモータースポーツ活動を統括する部門。しかし、単にモータースポーツ活動を展開するだけでなく、それを「見る」から「参加する」への積極的アプローチを促す活動も行っており、さらには魅力的なオリジナルのコンプリートカーの開発生産も行う部門でもある。そして、後ろに付いたMNはマイスター・オブ・ニュルブルクリンクの意。言うまでもなく世界で最も長く変化にとんだサーキットで鍛えたことを意味する頭文字を付けたGRMNこそ、ガズーレーシングが作り上げた渾身の一作のコンプリートカーなのである。

中でも86 GRMNは最新作。 100台限定でネットを通じて今年1月に商談申し込みを受け付け、残念ながら既に受け付けは終了しているモデル。だが未だその実力は未知数。今回はそれを試すべく、他のGRMNコンプリートカーと共に、千葉県の袖ヶ浦フォレストウェイで試乗のチャンスが与えられたというわけだ。

改めて86 GRMNを見てみよう。外観からは高くリアにそびえる大型ウィングが目につくが、他にもボンネットやルーフ、トランクがカーボンファイバー製に変えられている。また、バンパー下のリップやサイドフィンなども空力性能を効果的に高めるアイテムである。ボディは驚くことにベースモデル比1.8倍の剛性を達成しているという。ボディ下面を中心に効果的なブレースを入れた結果であり、そもそも2012年、2014年と2度のニュルブルクリンク24時間レースクラス優勝という戦績を残したGAZOO Racing86ニュルレースカーのイメージに近づけるチューニングを施しているのだから、如何に強いボディを持っているかは容易に想像がつく。

エンジンは219ps/217Nmとベースモデルの200ps/205Nmに対し、それほど大きく性能アップをしたようには見られないのだが、実際はとんでもない。内部に関していえば、ピストンに肉厚を薄くしたり、ピストンピンを短くしたりと軽量化やフリクション削減に余念がなく、外から見てもマニフォールドの形状が異なるなど、実際に試乗するとレスポンスの向上は凄まじいものがある。

そしてその実力は如何に? ということだが、コースインして最初に感じたことが驚くほどの剛性感の高さである。リアシートを取っ払って2人乗りとして足を硬めて、アイシンが作り上げたMCB(モーション・コントロール・ビーム)という独特の突っ張り棒をリアに仕込んだこのクルマ。とにかくターンインの切れ込みの鋭さと言い、意図してコーナーの縁石に乗り上げた時の安定感と言い、申し分のない仕上がりを見せる。完全等長化されたエキゾーストマニフォールドから可変バルブ付きセンターマフラーへ導かれる排気音は、実に心地よく、高回転に行くにしたがって(実際には4000rpm付近でバルブが開くだけだが)高音質で軽快なサウンドに変わっていく4気筒の音色は、ドライバーをその気にさせるに十分だった。クロスした6速MTのシフトフィールも素晴らしい。そしてブレーキ。フロントに6ポット、リアに4ポットの対抗キャリパーを持つこのブレーキ性能は、あとから乗ったベースモデルともいえるGT-Lとの違いが鮮烈なほど鮮明で、逆ならよかったのだが、最初にGRMNに乗って、コーナーをがっつり攻めた後、乗り換えてノーマルブレーキのGT-Lで同じように攻めたら、危うくコースアウトしそうになるほど。ブレーキをかける時のスピードもGRMNの方が高いし、それでいながら制動距離はGRMNの方がぐっと短いから、今回の試乗で最も印象深く残った性能の差であった。

もちろん、このクルマオンロードでの走行も楽しめる。しかし、このクルマに似合う場所はやはりサーキットだ。そのまま持ち込んで何の心配もなくサーキット走行をエンジョイできるクルマである。


中村孝仁|AJAJ(日本自動車ジャーナリスト協会)会員
1952年生まれ、4歳にしてモーターマガジンの誌面を飾るクルマ好き。その後スーパーカーショップのバイトに始まり、ノバエンジニアリングの丁稚メカを経験し、その後ドイツでクルマ修行。1977年にジャーナリズム業界に入り、以来38年間、フリージャーナリストとして活動を続けている。
《中村 孝仁》

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