【ルノー カングー 800km試乗】1.2L+6MT、欠点さえも魅力と思わせる「これぞフランス車」…井元康一郎 | Push on! Mycar-life

【ルノー カングー 800km試乗】1.2L+6MT、欠点さえも魅力と思わせる「これぞフランス車」…井元康一郎

フランスの大手自動車メーカー、ルノーのハイルーフステーションワゴン『カングー』の1.2リットル直噴ターボ+6速MTモデルを甲信越を中心に800kmあまり走らせる機会があったのでリポートする。

自動車 試乗記
カングー 1.2リットル6MT
  • カングー 1.2リットル6MT
  • 早朝の首都高湾岸線をクルーズ。カングーの直進性は抜群に良かった。
  • サイドウインドウは非常に広く、前方~側方視界はパノラミックだった。
  • 国道158号線を上高地方面へ向かう。
  • 11月の北アルプス方面は紅葉も終わりかけ、冬の装いへ。
  • カングー 1.2リットル6MT
  • カングー 1.2リットル6MT
  • カングー 1.2リットル6MT

フランスの大手自動車メーカー、ルノーのハイルーフステーションワゴン『カングー』の1.2リットル直噴ターボ+6速MTモデルを甲信越を中心に800kmあまり走らせる機会があったのでリポートする。

◆ロングツーリング耐性はどうか

カングーの初代モデルが欧州で発売されたのは1997年。現行モデルのデビューは08年1月で、16年1月には丸8年が経過することになる。モデルライフを10年と考えてもそろそろ次期型の呼び声が聞こえはじめる頃だが、ルノージャポンはフランス郵政公社の黄色い外装色の「カングー・ラ・ポスト」など特別塗装色の限定車を出すなど、バリューを維持するためにさまざまな手を打っている。試乗車の1.2リットルターボ+6速MTが導入されたのも昨年のことであった。

試乗ルートは東京・葛飾を出発し、高速道路で御殿場へ。その後一般道で甲府、塩尻を経由して長野・上高地への冬季散策ベースとなる坂巻温泉に達し、帰路は軽井沢、埼玉方面を経由するというもので、総延長は815.8km。ドライブコンディションは全行程にわたり晴天で、区間によって1名~3名乗車、エアコンオート。

まずはカングーの総合的な印象から。小型貨物車として使われることを前提に作られたモデルながら、そうとは到底信じ難いような快適な乗り心地と安心感抜群の操縦性を持ち合わせた、素晴らしいロングツアラーであった。240万円強という価格は同じルノーのBセグメントコンパクトカー『ルーテシア(欧州名:クリオ)』より少し高く、BセグメントSUV『キャプチャー』より少し安いというポジション。その2モデルもなかなかいい走り味を出しているのだが、カングーのロングツーリング耐性はその2車が完全にかすんでしまうほどの良さだった。また、長距離・長時間ドライブにおいても運転に飽きさせない味付けも素晴らしかった。

経済性も、パワートレインの設計年次が古い1.6リットル自然吸気+4速ATのモデルに比べて長足の進化を遂げていた。ロングランからの帰着時の燃費計の数値は5.6リットル/100km。日本流に直せば17.8km/リットル。給油量は45.9リットルで、満タン法による実燃費は燃費計の表示とほぼ同じであった。カングーは全幅1830mm、全高1810mm、さらにボディ上部がほとんど絞り込まれていない商用車スタイリングであるため、前面投影面積はトヨタ『アルファード/ヴェルファイア』や日産『エルグランド』などとほとんど変わらず、空気抵抗値は相当に大きいはず。それを跳ね返してこの燃費は立派だ。

◆古き良き時代の欧州車を思わせる味

ディテールについてみていこう。カングーのシャシーセッティングは、フロント、リアともにサスペンションを大きくストロークさせ、姿勢変化を積極的に使って車体を安定させるというものだったが、これが高速道路、一般道、ワインディングロードと、すべてのステージできわめてポジティブに感じられる仕上がりぶりだった。首都高速や東名高速ではアンジュレーション(路面のうねり)を通過するときの車体の上下動を、言葉で表現すれば“柔らかく止める”ような感じでコントロールしている。

松本、塩尻から上高地へ向かう国道158号線は、改良工事が進んでいるとはいえ、高度が上がるにつれて険しさが増すワインディングルート。カングーはそこでも、重心の高いワゴンボディのお手本のような動きを見せた。サスペンションは柔らかく、ロール角も大きいのだが、ショックアブゾーバーのフリクションバランスが秀逸で、四輪が練り消しゴムを机になすり付けるようなフィーリングでロードホールディングするため、少々ハイペースで走っても、また舗装の荒れたところなどでバウンシングを食らったりしても全然恐くないのだ。

昨今、自動車工学の発達によって、クルマの味付けはお国柄による差異が急速に失われつつあるのだが、そのなかでカングーの味は、今どきこういう味はちょっと他にないなと思わさせるような、古き良き時代の欧州車を思わせるものだった。

シャシーと並んで優秀なのはフロントシート。見かけは質素なのだが、800km程度のドライブでは、体のどこにも違和感を覚えないくらいの出来だった。また、シートバックの体の受け止めが良く、コーナリング時の身体の安定性も良好だった。ちなみに座り方としては、座面を上げ、アップライトなポジションで運転するほうがフィッティングが良かった。ステアリングはチルトのみでテレスコピック機能を持たないが、トラック的なポジションを取る限り、大きなハンディにはならないように思われた。

次にエンジンについて。カングーを走らせる1.2リットル直噴ターボは、2012年に欧州にクリオIVが投入されたときにデビューした新世代ユニットで、包括提携の相手である日産の直噴エンジン技術がベースとなっている。現在日本ではルーテシア、キャプチャー、Cセグメントの『メガーヌ』などにも搭載されているが、MTとの組み合わせはカングーだけ。もっともカングーの1.2リットルは本国でも自動変速機仕様がなく、MTのみなのだが。

さて、その1.2リットルエンジンだが、いくら何でも重量1400kg台のカングーでは極低速域ではトルク不足なのではないかと予想していたのだが、実際にドライブしてみると、1速、2速のギア比が非常に適切に設定されていることもあって痛痒感はまったくなかった。エンジンをほんの少しブリッピングさせてクラッチミートするだけで、ずいっと力強く発進する。通常の走行時も、115psエンジンで不満を覚えることはほとんどなかった。100km/h巡航時のエンジン回転数は6速で約2300rpm。

ただ、ワインディングのきつい登り勾配などでは、さすがに絶対的なキャパシティの不足を感じるシーンも出てくる。最大トルクが制限されるエコボタンを押していると、シフト回数は必然的に増える。エコボタンをオフにしておけばトルクを生かしてある程度ずぼら運転も可能になるが、燃費計の挙動を見る限り、効率の良い理論空燃費状態を最大限維持するエコボタンオン状態のほうがエンジン回転数が上がり気味になってもオフよりは燃費が良さそうな印象だった。

◆欠点も笑って許せてしまう魅力

3000m前後の高山に囲まれたサンクチュアリ、上高地は、登山拠点としてだけでなく、梓川流域の散策を楽しむライトな観光客層にも人気の高いスポットだが、冬季は上高地に向かう釜トンネルが閉鎖されるため、歩いて行くしかなくなる。が、冬季通行止めの時期の静かな上高地は独特の魅力がある。ツーリングの写真は晩秋だが、厳寒期はこの風景が雪と氷で真っ白に閉ざされ、まさに神宿る世界となる。

オフシーズンに上高地に行くのに便利なのは、釜トンネル入口から30分ほど歩いたところにある坂巻温泉で、1日500円で車を駐車させてくれる。散策を終えた後、寒気の中で入る露天風呂の気持ち良さは桃源郷レベル、その後に飲む天然の湧水もまた格別の味だ。ちなみに大正池までは真冬でも定期的に除雪されており、軽アイゼンをつければ簡単に到達可能。その先もスノーシューやワカンを使い、靴とズボンすその防水をしっかりやっておけば進めるが、雪が深くてラッセリングに手間取ったりすると、帰路で日が暮れたりするのでそのへんは要注意だ。

穂高岳側から寒気が降りてくると簡単にマイナス10度を割るので、最低でも山岳スキーウェア以上の耐寒装備が必須だが、雪面が緩む春よりは実はアプローチしやすかったりもする。釜トンネルの上高地側出口に行くだけでも別世界を覗くことができるので、興味のある人は装備を整えてドライブがてら行ってみることをおすすめしたい。なお、釜トンネル入口に入山届けが用意されているので、届けをポストに入れるのを忘れずに。

カングーに話を戻す。乗り心地、ハンドリング、燃費と、良いところばかり書いてきたが、もちろんネガティブ要素もある。まずは騒音。カングーのベースはルノーのCセグメントミニバン『セニック』だが、ボディやサスペンションの耐久性を最優先させた商用車構造のため、乗用車に比べると騒音・振動面は不利。といっても、エンジンがガーガーうるさい、ロードノイズが盛大というタイプのうるささではない。基本的には静かなのだが、たとえばギャップや段差を踏んだとき、ボディ全体がゴンと共振するようなタイプのバン的な質感の低さがある。

インテリアの質感も、決して高くはない。ダッシュボードやトリム類はデザイン的には凝っているが、素材的にはプラスチッキー。また、今日の日本車の水準と照らし合わせると、車内のトリムの被覆率は非常に低く、至るところが鉄板むき出しと、カングーが商用車ベースであることを意識させられるところだ。

が、カングーをドライブしていて興味深かったのは、それらのネガティブ要素がまったく気にならないことだった。正直、そんなことはどうでもいいと感じられるのだった。乗り心地やハンドリングが良く、長時間ドライブでもクルマを運転することにまったく飽きない。また、リアにはシートを立てた状態で660リットルものカーゴスペースがあり、バックドアを全開にしたときに開口部にヒンジの出っぱりがまったくないよう設計され、荷物の出し入れも容易。クルマというものは往々にして、ユーザーを酔わせるような美点を持っていると、欠点を笑って許す気にさせられるものだが、カングーはまさにそれだった。

◆最もフランス車らしいフランス車

カングーのクルマとしての資質はきわめて高く、現在売られている他のルノーのモデルと比較しても、断然優れている。その中でも1.2リットルMTは、MTが苦でさえなければベストバイだろう。驚いたことに、乗用モデル化されたことでこの味ができたのではなく、欧州で売られている商用モデルも商品力としては同じようなものなのだという。

ルノージャポンのフレデリック・ブレン氏に話を聞いたところ、「フランスでは伝統的に労働者の権利が強く、昔は商用車の出来が悪かったりしようもののなら、労働環境が悪い!と、たちまちストライキが起きる国でした。今はそんなことはありませんが、カングーは今もプロたちのためのクルマ。たとえばラ・ポストの場合、カングーは月間1万km、年間12万kmくらいのペースで走る。長時間運転をするプロドライバーのためのクルマはどんな道でも安心して走れる走行性能、疲れを減らす人間工学設計、耐久性の高さなど、あらゆる面で通常の乗用車よりも優れていてしかるべきだと我々は考えています」との答えが返ってきた。

商用車だからコストを限界までケチるのが当たり前、ドライバーは労働者なのだからストレスを甘んじて受けるべきという考えがしみ付き、紙パック飲料のホルダーをつけるといった工夫をちょっとしただけで恩着せがましくドヤ顔で自慢される日本とは、まさに真逆の商用車作りである。

カングーは2列シートの5人乗りワゴンで、3列シートのニーズが高い日本ではニッチ商品だ。が、今日においては他メーカーを含めても最もフランス車らしいフランス車という一点で、味わってみる価値のある1台だと言える。先に述べたように、クルマは工学的な進化にともなって、個性が急速に薄れつつある。次のカングーもこういう味になるという保障はどこにもない。そういうノスタルジックな気分にさせられるモデルでもあった。

《井元康一郎》

特集

page top