【THE REAL】遅咲きのストライカー、浦和レッズ・興梠慎三が描く夢…リオの地で最高の誕生日を | Push on! Mycar-life

【THE REAL】遅咲きのストライカー、浦和レッズ・興梠慎三が描く夢…リオの地で最高の誕生日を

時間にして約7秒。その間にボールに触ったのは3回。味方のゴールをアシストするまでの流れるようなプレーに、浦和レッズのFW興梠慎三がリオデジャネイロ五輪に臨むU-23日本代表に、オーバーエイジとして招集された理由が凝縮されていた。

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興梠慎三 参考画像
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時間にして約7秒。その間にボールに触ったのは3回。味方のゴールをアシストするまでの流れるようなプレーに、浦和レッズのFW興梠慎三がリオデジャネイロ五輪に臨むU-23日本代表に、オーバーエイジとして招集された理由が凝縮されていた。

ホームの埼玉スタジアムに柏レイソルを迎えた、9日のセカンドステージ第2節。レッズが1点をリードして迎えた後半5分に、興梠とMF李忠成のあうんの呼吸から芸術的なゴールが生まれた。

左サイドを攻め上がってきたMF宇賀神友弥が敵陣のバイタルエリアに生じたスペースへパスを送る。逆サイドからフリーで侵入してきたのは興梠。しかし、ここで計算違いが生じる。

「自分の体勢が悪くて、しかもボールがちょっとずれたので」

ほんのわずかな距離だったが、宇賀神からのパスは興梠が目指していたゴールとは反対側の方向へずれる。このままではチャンスを逃す、と思った興梠はとっさに周囲の状況を確認した。

「背後にチュン(李忠成)がいるのが見えたので、ヒールでチュンへ落として、再び自分が(リターンパスを)もらおうかなと思ったんです。実際にチュンからボールが出てきたんですけど」

体勢を崩しかけながらも、興梠は左足を後方へ必死に伸ばす。青写真通りにボールをかかとにあてて李忠成へわたすと、ペナルティーエリア内へスルスルと移動していく。

ここで再び計算違いが生じる。李忠成がトラップから、左足で丁寧なパスを送った直後だった。興梠はこのとき、相手ゴールに背を向けながらボールを受ける準備を整えていた。

「自分のトラップが、足元にボールが入りすぎてしまって。どうしようかと思ったときに、チュンが走り出したのが見えたので。ただ、自分の体勢がすごく悪く、ちょっとジャンプしながら体勢を整えて、チュンがあがってくるのを待ったという感じですね」

ボールこそ自分の支配下に収めたものの、背後にはレイソルのセンターバック中谷進之介の気配が近づいてきていた。もう一人のセンターバック、中山雄太も興梠の次なる動きに神経を尖らせている。

これでは体を反転させて、自らシュートにもち込むことはできない。周囲の状況を的確に把握しながら、興梠の思考回路はベストの選択肢を弾き出していた。

「あの場面ではチュンしか見ていなかった。ちょっと難しいパスになっちゃいましたけど、多分あそこしかコースがなかった。それをチュンが冷静に、見事に決めてくれました」

興梠へパスを送った直後に、李忠成は中山の右側に生じたスペースへ走り込んできていた。タイミングを見計らっていた興梠は、体をひねりながら半ば強引に右足を振り抜いた。

浮き球のスルーパスが李忠成のもとへ通る。もっとも、ゴール前の混戦地帯でトラップしている時間も余裕もない。李忠成は体を急停止させながらとっさに左足を伸ばし、ボールをコンタクトさせた。

「(興梠)慎三とのコンビネーションはすごくいいので、パスがくると信じていた。どんなボールがきても対応したかったので、自分はああいうシュートを選択しました」

体勢を崩しながら放った李忠成のシュートは山なりの軌跡を描き、U-23日本代表に名前を連ねるGK中村航輔の頭上をゆっくりと超えていく。懸命にジャンプして、右手を伸ばすもわずかに届かない。

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◆リオデジャネイロ五輪か、Jリーグセカンドステージ公式戦か

今シーズン5点目を決めた李忠成、ラストパスを送った興梠がそろってバランスを崩し、その場に倒れ込んだ瞬間に、レッズのセカンドステージ連勝ステージを決定づけるダメ押し弾がゴールに吸い込まれていった。

23歳以下という年齢制限の枠を超えて、オリンピック本大会で最大3人まで招集できるオーバーエイジ。ともに27歳の藤春廣輝(ガンバ大阪)、塩谷司(サンフレッチェ広島)の両DFの内定が6月14日に発表された一方で、残る1枠をめぐる交渉は難航した。

実は日本サッカー協会から届いたオーバーエイジの打診に対して、興梠は断りを入れている。リオデジャネイロ五輪を戦えば、最大でセカンドステージの5試合を欠場することになるからだ。

ファーストステージのレッズを振り返れば、勝負どころの後半戦で鹿島アントラーズ、ガンバ、サンフレッチェに喫した3連敗とともに優勝争いから脱落。最終的には3位に甘んじていた。

タイトル獲得を常に期待されるレッズの一員として、年間王者を決めるチャンピオンシップ出場を逃すことは許されない。そのためにはセカンドステージ優勝を目標にすえて、年間総合勝ち点を可能な限り伸ばしていくしか道はない。

だからこそ、一度は日の丸への思いを封印した。状況を変えたのは、U-23日本代表を率いる手倉森誠監督からかかってきた一本の電話だった。

「一緒に戦ってほしい」

短い言葉に凝縮されていた、指揮官の熱いが興梠の決意を次第に翻意させる。藤春と塩谷の名前が発表されてから9日後の6月23日。最後の一人として興梠が発表された。

メディアで名前があがっていたヨーロッパ組の大迫勇也(ケルン)、3年連続得点王の大久保嘉人(川崎フロンターレ)ではなく、興梠に白羽の矢を立てた理由を手倉森監督はこう説明する。

「しなやかさと野性味を繰り返し発揮し続けられるタフさがあるし、ポストプレーも(相手の最終ラインの)裏へ抜け出すプレーもできるし、引いた相手に対する攻撃とカウンター攻撃の両方に対応できる。リオデジャネイロ五輪で間違いなく攻撃のバリエーションを増やしてくれる選手だし、身体能力の高い相手に対しても彼のしなやかさは効果を発揮すると思う」

かかとでのパス、右足でのトラップ、そして右足からのパス。7秒間に繰り出された3度のボールタッチで李忠成のゴールをアシストしたレイソル戦でのプレーは、手倉森監督が求めるすべての要素が散りばめられていたといっていい。

体勢を崩しながらも確実にボールにコンタクトし、あるいは収めることのできる身体の強さと柔らかさ。李忠成の位置や動きを的確に把握していた視野の広さは、味方のストロングポイントを引き出す相乗効果を生み出す。

リオデジャネイロの舞台でおそらくツートップを組むことになる、久保裕也(ヤングボーイズ)の名前をあげながら、レッズで何度もホットラインを開通させてきた李忠成は興梠の活躍に太鼓判を押す。

「普通の選手ならば届かないようなボールでも、マイボールにしてくれる速さが慎三の武器。裏へも抜け出せるし、足元の技術も非常に高いから、コンビを組む久保君も非常にやりやすいと思う。ただ、万能型ではあるけど、生粋のストライカーというかフィニッシャーではないから、その分、久保君が上手くストライカーになってくれればいいんじゃないかな」

《次ページ 30歳の節目に》

◆30歳で挑む五輪

開幕直前の7月31日に、30歳の誕生日を迎える。これまでに10人のオーバーエイジが五輪本大会へ招集されてきたが、30歳で4年に一度のヒノキ舞台に臨む選手は興梠が初めてとなる。これには興梠本人も苦笑いを隠せない。

「いやぁ、それは知らなかったです。まあ、(招集されるのは)ありがたい話なので」

宮崎県の強豪・鵬翔高校から2005シーズンにアントラーズへ加入。2007シーズンから幕を開けた前人未到の3連覇に貢献し、2013シーズンから移ったレッズでは3年連続で2桁ゴールをマークしてきた。

安定した成績を残してきた興梠にとって、リオデジャネイロ五輪は初めて臨むメジャーの国際大会となる。出場資格のあった2008年の北京五輪は代表候補で終わっていた。日本から見てちょうど地球の裏側となるリオデジャネイロの地で、遅咲きの花を咲させようとしている。

「向こう(リオデジャネイロ)で誕生日を迎えるということで、やっぱり特別な感情移入があると思うし、だからこそ自分で祝えるような結果を残したいですね」

アントラーズでレギュラーを獲得した2008シーズンには、岡田武史監督に率いられるA代表にも招集された。初めてキャップを獲得した同年10月9日のUAE代表との国際親善試合では、FW岡崎慎司(当時清水エスパルス)もデビューを果たしている。

約8年もの歳月がたったいま、同じ1986年生まれの岡崎はA代表史上で2人目しか達成していない通算50ゴールに王手をかけ、レスター・シティの一員として奇跡のプレミアリーグ制覇もなし遂げた。

同じく1986年生まれのMF本田圭佑(当時VVVフェンロー)、DF長友佑都(当時FC東京)もこの年に代表デビューを果たしている。2度のワールドカップにおける戦いをへて、3人はいまもハリルジャパンの中心として輝きを放っている。

翻って自分自身はどうか。国際Aマッチは通算で16試合に出場しているが、得点はゼロ。国内組だけで臨んだ昨夏の東アジアカップで代表に復帰するまで、実に4年ものブランクが生じていた。

岡崎や本田、長友といった同期生と自分自身を比較したとき、真っ先に思い浮かぶのはライバル心でも刺激を受けるといった類の言い回しでもなく、「すごい」という言葉だと興梠は屈託なく笑う。

「いや、本当に『すごい』のひと言に尽きますよ。所属チームで活躍すれば代表に呼ばれるチャンスはあるし、実際、代表入りはそれほど難しいことではないと思うんです。ただ、代表に居続けることはめちゃくちゃ難しい。完全に定着している彼らに対して、その意味ですごさを感じますよね」

所属チームに注いできた熱い思いとは対照的に、実は代表チームに対するスタンスがやや淡泊というか、無欲な部分があった。自らの体に宿る国際基準のポテンシャルに、鈍感だったといってもいい。

「プロサッカー選手になって以来、鹿島アントラーズのため、そして浦和レッズのために頑張ってきた興梠選手に、このタイミングで日本のために輝いてほしい。そして、2018年のワールドカップ・ロシア大会での活躍をものにできる可能性を高めてほしい」

リオデジャネイロの舞台からさらに羽ばたいてほしいと手倉森監督もエールを送るが、興梠本人は「ない、ない、ない。まったくないです」と苦笑いを繰り返す。

「いまはチームとオリンピックのことしか考えていないので」

レッズを離れ、U-23日本代表の一員になるまで残りは2試合。少しでもレッズに置き土産を残したいという思いから、絶対になし遂げておきたい個人的な仕事がある。

「あと1点なので、そこは多分、大丈夫でしょう。通算100ゴールは厳しいけど、今年中には絶対に達成したいので、(リオデジャネイロに)行くまでにちょっとでも取っておきたいですね」

現在9ゴールで、アントラーズ時代から数えて5シーズン連続の2桁ゴールに王手をかけている。通算ゴール数も95に伸ばし、史上12人目、日本人選手では8人目の大台到達へ秒読み段階に入った。

昨シーズンの開幕から興梠がゴールすれば、14勝3分けと不敗神話が続いている。レッズをセカンドステージの優勝戦線に導き、リオデジャネイロでの一世一代の戦いに弾みをつけて臨むためにも、異能のエースは13日のベガルタ仙台戦、そして17日の大宮アルディージャとの「さいたまダービー」に全力を尽くす。

《藤江直人》
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