【THE REAL】FC東京のマルチプレーヤー・橋本拳人が抱く夢と熊本への想い…リオの舞台で一人5役を | Push on! Mycar-life

【THE REAL】FC東京のマルチプレーヤー・橋本拳人が抱く夢と熊本への想い…リオの舞台で一人5役を

目の前にこぼれてきたボールに、誰よりも早く反応した。研ぎ澄まされた集中力。一瞬にしてボールを支配下におさめたダッシュ力。そして、日本代表GK西川周作の牙城を破る決定力。FC東京の成長株、22歳の橋本拳人がまばゆい輝きを放った。

エンタメ エンタメ
橋本拳人 参考画像(c) Getty Images
  • 橋本拳人 参考画像(c) Getty Images
  • 橋本拳人 参考画像(c) Getty Images
  • 橋本拳人 参考画像(c) Getty Images
  • 橋本拳人 参考画像(c) Getty Images
  • 橋本拳人 参考画像(c) Getty Images

目の前にこぼれてきたボールに、誰よりも早く反応した。研ぎ澄まされた集中力。一瞬にしてボールを支配下におさめたダッシュ力。そして、日本代表GK西川周作の牙城を破る決定力。FC東京の成長株、22歳の橋本拳人がまばゆい輝きを放った。

■6月22日 埼玉スタジアム

敵地・埼玉スタジアムに乗り込んだ22日のファーストステージ第13節。ACLとの関係で未消化となっていた一戦は、前半13分にFWムリキの来日初ゴールでFC東京が先制する。

迎えた同31分。オーバーラップした右サイドバック・徳永悠平が前線のFWネイサン・バーンズへスルーパスを入れる。前方をレッズの選手たちにふさがれながら、それでもバーンズは強引に突破を図る。

MF阿部勇樹、DF槙野智章と2人がかりブロックに止められたが、前への推進力が強かった分だけ、ボールが前方へこぼれる。その瞬間、橋本はペナルティーエリアのやや外側、バーンズの右斜め前方にいた。

「たまたまボールがこぼれてきたので、あとは押し込むだけでした」

橋本の他に反応したのは、リオデジャネイロ五輪に挑むU-23日本代表のキャプテンを務めるレッズのDF遠藤航だけ。その遠藤も、ピッチに転がされたバーンズを避けたために一瞬だけ遅れる。

必死に間合いを詰めてくる遠藤の姿に動じることなく、橋本は右足のアウトサイドでボールをとらえる。狙いすました強烈な弾道が西川の右手の先をすり抜けて、ゴールの左隅に突き刺さった。

14試合に出場して2ゴール。昨シーズンが13試合で1ゴールだったから、ファーストステージを1試合残した段階で、FC東京で公式戦デビューを果たした昨シーズンの数字を超えた。

【次ページ ACLグループリーグ最終戦にターニングポイント】

初めて体験したACLを含めれば、公式戦出場はすでに20を数えている。しかも、決して順風満帆ではなかった軌跡が、自らを成長させたと橋本は実感している。

■成長しながら戦ってこられた

「リーグ戦で出られなくなった時期もありましたし、そうしたなかで直後のACLで出場機会をつかんだことで自分なりにいい手応えを得たし、アウェーでいい経験を積むこともできた。本当に少しずつですけど、成長しながらファーストステージを戦ってこられたと思っています。

ただ、チームとして結果を残せなかったことは本当に悔しいですし、自分の力で勝利に貢献したかったという思いもある。ファーストステージはまだ1試合残っているし、すぐにセカンドステージも始まるので、もっともっと成長のスピードをあげて、チームの力になれる選手になりたい」

調子が下降線をたどっていた時期だったのだろう。4月24日のヴァンフォーレ甲府戦、5日後のアビスパ福岡戦で、橋本はリザーブのまま試合終了のホイッスルを聞いている。

それでも下を向かなかったからこそ、敵地で5月4日に行われたベカメックス・ビンズオン(ベトナム)とのACLグループリーグ最終戦でターニングポイントをつかみ取ることができた。

■ユーティリティー性が評価

食い下がるビンズオンを2-1で振り切り、グループリーグ突破を決めた大一番で、橋本は右サイドバックとして躍動する。アウェーゴールの差で苦杯をなめたものの、上海上港(中国)との決勝トーナメント1回戦でもホーム、アウェーともに右サイドバックで先発フル出場している。

もっとも、リーグにはミッドフィールダーとして登録されている。ボランチを主戦場としながら、冒頭のレッズ戦では右MFとして先発。後半22分からは、ベテランの徳永に代わって右サイドバックへ回った。

2013シーズン途中から期限付き移籍したJ2のロアッソ熊本では181cm、74kgのサイズを見込まれて、3バックへのシステム変更に伴ってセンターバックでも起用されている。

そして、異なる4つのポジションをしっかりと務められる、いわゆるユーティリティーぶりに目をつけたのが、U-23日本代表を率いる手倉森誠監督だった。

【次ページ 遠藤航の存在を忘れさせる活躍】

4月中旬に静岡県内で開催した短期合宿に初めて招集された橋本は、ガーナ代表を佐賀県のベストアメニティスタジアムに迎えた、5月11日の国際親善試合で先発に抜擢される。

他の選手を試す目的もあって、橋本は前半限りでベンチへ退いた。それでも試合後の指揮官は、橋本をはじめとする選手数人の名前をあげながら「パイが広がってきている」と及第点を与えている。

「橋本はリーチもあって、足の長いアフリカ勢に対してもしっかりと攻撃の芽を摘んでくれた。今日のボランチ勢に加えて(過密日程を考慮して招集しなかったキャプテンの遠藤)航もいると思うと、ものすごく大きな可能性を感じた。航の存在を忘れさせてくれるくらいの活躍だったと、試合が終わった直後に(日本サッカー協会の)霜田正浩技術委員とも話したくらいですから」

■勝負したいポジションは

オリンピック本大会でベンチ入りできるのは18人。ワールドカップなどの国際大会より5人も少ない。ゆえに一人で複数のポジションを務められる選手が必要となる。

ボランチ、サイドバック、サイドハーフ、そしてセンターバック。4つのポジションで遜色なくプレーできる橋本は、センターバックとサイドバックにけが人が続出している状況において貴重な存在となる。

ならば橋本自身は、どのポジションで勝負したいと考えているのか。あるいは、どのポジションにもっとも自信をもっているのか。返ってきたのは意外な言葉だった。

「どのポジションに入っても、そこに自分がいる意味というものを出したい。たとえばレッズ戦のようにサイドハーフに入ったときには、積極的に前線からプレスをかけ続けて、攻撃時にはゴール前へ入っていくプレーを明確に出す。常に存在感を放ちたい。特別どこがやりやすくて、どこがやりにくいというのはありません。出たポジションで結果を出したいと常に考えています」

サイドバックならば、どのような存在感を放つのか。ちなみに、FC東京でもサイドバックに故障者が続出したことを受けて、今シーズンから本格的に挑戦したポジションでもある。

「やはり1対1の場面での守備と、攻撃に入ったときには積極的にオーバーラップを仕掛けて、クロスで終わるところは常に出していかないといけないと思っています」

FC東京の育成組織であるFC東京U-15深川、U-18を通して主戦場としてきたボランチになると、言葉にいっそう力が込められる。

「ボランチだけでなくセンターバックのときも、中央にいるときには自分の一番の武器であるボール奪取から、前線へ起点となるパスを出すプレーは得意としているところなので。攻守にわたって常にアグレッシブにプレーするところを、自分のなかでは意識しています」

■初出場、初先発、初シュート、初ゴール

アグレッシブさとダイナミックさ。どんな役割を任されようが、橋本はこの2ヶ条を必ず自らに言い聞かせる。たとえば2015年6月7日。左サイドハーフで先発を果たした、松本山雅FC戦の前半28分だ。

左サイドを駆け上がったDF太田宏介(現フィテッセ)が放った低空クロス。捕球体勢に入った相手GKの眼前へトップスピードで、スライディングするように飛び込んできたのが橋本だった。

目いっぱい伸ばした左足に触れて、軌道を変えたボールがゴールへと吸い込まれていく。J1における「初出場、初先発、初シュート、初ゴール」という珍記録が達成された瞬間だった。

初もの尽くしの雰囲気にのまれ、ちょっとでも臆していたら、おそらくは生まれなかったゴールといっていい。橋本自身も試合後に「絶対にやってやる、という気持ちだった」と心境を明かしている。

【次ページ 強靭なメンタルと運動能力に支えられる果てしない可能性】

強靭なメンタルに導かれる類希な運動能力と、複数のポジションをこなせる天性のセンス。すべてがいまだに成長途上であり、ゆえに未知数の可能性を秘めている。

トップチームに昇格したのは2012シーズン。公式戦で7度ベンチ入りを果たすも、出場機会は訪れない。翌年にはセンターバックとしても準備を積んでいたところへ、ロアッソから声がかかった。

「自分のなかで『熊本に行こう』とすぐに決めました。東京でなかなか試合に出られなかった状況で、熊本の地でプロとしての第一歩を踏み出すことができた。本当にいい経験を積むことができたし、いまでも感謝の気持ちでいっぱいです。熊本から応援してくれる人も大勢いるので、そういう人たちの気持ちも背負いながらいま現在を戦っています」

移籍期限を2度も延長し、2014シーズンもプレーしたロアッソでは、最終的に60試合に出場。2年目はJ2の最多タックル数を記録するなど、自分自身の存在価値を見いだすこともできた。

■熊本へのエール胸に、リオ五輪へ

第二の故郷ともいえる熊本が今年4月、未曾有の大地震に襲われた。復興への途上で、今週には記録的な大雨にも見舞われた。心のなかでエールを送りながら、橋本は恩返しできる舞台を思い描く。

リオデジャネイロ五輪に臨むU-23日本代表の一員に名前を連ね、ピッチのうえで躍動する姿を届けられれば、熊本へ勇気を与えられるのではないか。橋本は言う。

「そのことは常に思っています」

ここにきてDF塩谷司(サンフレッチェ広島)、藤春廣輝(ガンバ大阪)、そしてFW興梠慎三(レッズ)の3人が、年齢制限にとらわれないオーバーエイジ枠で招集されることが内定した。

残された枠は実質的に「15」。29日にはU-23南アフリカ代表との国際親善試合が、長野・松本平運動公園総合球技場で行われる。誰よりも橋本自身が、当落線上にいることを理解している。

「リオへ向けたラストチャンスだと思っているので、出場することがあればいま現在の自分にできる最大限のプレーを出してアピールしたい。このオリンピックチームが立ち上げられたときから、ずっと目標にしてきた舞台でもあるし、世界大会で得られる経験はまた違ったものだと思っているので。世界で自分のプレーをアピールしたいし、もちろんメダル獲りに貢献したい」

被災地・熊本へ、復興へのパワーを与える役割を含めれば一人5役。一生に一度のヒノキ舞台にかける熱い思いと使命感を抱きながら、稀代のユーティリティープレーヤーが静かに闘志を燃やす。

《藤江直人》
page top