アンフェアに挑んだ27歳、3つの教育格差をゼロに…アオイゼミ塾長 石井貴基氏 | Push on! Mycar-life

アンフェアに挑んだ27歳、3つの教育格差をゼロに…アオイゼミ塾長 石井貴基氏

 中高校生向けにスマートフォンやタブレットを使ったライブ授業を提供している「オンライン学習塾アオイゼミ」。アオイゼミを起ち上げた株式会社葵代表取締役兼塾長の石井貴基氏に、IT技術を活用したアオイゼミの設立から教育への展望までを聞いた。

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株式会社葵代表取締役の石井貴基氏。塾長としても、生徒たちから慕われている
  • 株式会社葵代表取締役の石井貴基氏。塾長としても、生徒たちから慕われている
  • アオイゼミ社内にあるスタジオ。ここでライブ授業を配信している
  • 葵の社内。壁には、黒板が設置されている
  • アオイゼミの教材。希望者には有料で郵送する
  • iPhone用アプリ「アオイゼミ」のライブ授業
  • 毎日、日替わりでライブ授業の時間割が組まれている

 中高校生向けにスマートフォンやタブレットを使ったライブ授業を提供している「オンライン学習塾アオイゼミ」。ライブ授業では、その場で質問や感想などのメッセージを送り合うこともでき、毎日3,000人以上の生徒が受講している。11月25日には、KDDIの「KDDI Open Innovation Fund」、マイナビ、電通デジタル・ホールディングス、日本政策金融公庫などから総額2.8億円の資金調達を受けたことでも話題を呼んだ。

 アオイゼミを起ち上げ、中学社会科の講師もこなしていた葵代表取締役で、アオイゼミ塾長の石井貴基氏に、IT技術を活用したアオイゼミの設立から教育への思い、今後の展望を聞いた。

高校受験で一発逆転、リクルートとソニー生命保険で叩き上げ

--幼少期はどのようなお子さまでしたか。

 私は生まれが札幌で、祖父母と一緒に三世代で暮らしていました。会社経営者だった祖父の影響を受けたのか、私も小学生のうちから「自分がやりたいことをやる」子どもでした。たとえば、当時はミニ四駆がはやっていたので、近所の子どもを集めて実際に景品を購入し、大会を開催したこともあります。

 中学生の頃には、「世の中のアンフェアをなんとかしたい」と思い、弁護士になる夢をもち始めました。そして弁護士になるべく、中学2年生の秋から猛烈に勉強を始めました。目標は函館ラ・サール高等学校。函館ラ・サールは入試当日のテストのみを評価しており、かつ大学進学においても強い実績がありました。北海道は当時、内申重視の入試制度が根強く残っていたため、中学2年生までの内申がぼろぼろだった私にとって難関公立高校は難しく、函館ラ・サールに入学して"一発逆転"するしかありませんでした。多分、人生でいちばん勉強した時期だったと思います。2年秋の模試では合格率2%だったのが3年では80%に跳ね上がり、無事合格しました。

 目標としていた函館ラ・サールに入学すると同時に、寮生活が始まりました。プライバシーの無い集団生活に放り込まれて、同世代の仲間たちに「負けてはいられない」という意識をもち、学園祭で企画をやるなど色々な活動をしました。そんな活動を見てなのか、担任の先生から「石井は経営にも向いているかも」とアドバイスを受けたのはその頃です。経済学部に進み、そのあと法科大学院に進学すれば経済に強い弁護士になれるかもしれないと思い、法学部から経済学部へと進路を変更しました。大学時代にはフリーペーパーを立ち上げ、地元の方々に協力していただき、駅前の過疎化解消などに努めました。

--大学の頃には起業されなかったのですね。

 そうですね、就職活動にあたって、このまま小さい商売をするよりはまず、大きい企業で働き経験と知識を積みたいと思いました。新卒で就職したのはリクルートで、不動産の広告営業を担当しました。その後、ソニー生命保険に転職し、シングルマザー世帯などを担当したことで子どもをもつ家庭の現状と教育費の高さのアンバランスさを思い知りました。

 リクルートのフリーペーパーで学んだ「フリーミアム」という無料で情報を発信するビジネスモデルや、ソニー生命保険で学んだ経験、そして地方出身という自分の経歴は、今の自分やアオイゼミのサービスに生きていると思います。首都圏と地方では、生活環境が違いすぎると感じています。

 東京ではさまざまな業態の学習塾があって選択肢も豊富ですが、地方では通塾や費用負担も重く、学習塾に通うことを諦めてしまうご家庭も多く存在しています。このような教育の格差があることは「アンフェアではないのか」と思いました。その思いが、アオイゼミの立ち上げにつながっています。

アンフェアをなくしたい…決意をもとに27歳で起業

--アオイゼミ開発に至った経緯を教えてください。

 「アンフェアをなくしたい」という決意をもとに、高校と大学の同期に声をかけ、志を同じくした3人で開業をしました。これがアオイゼミのスタートです。当時は全員27歳で、「2年あれば成功するかどうかわかる」という覚悟で始めました。

 もともと自分が事業を新たに興すのであれば、広く世の中に影響が与えられ、かつ圧倒的に事業が成長することをやりたいと思っていました。そして、この事業であれば社会的な意義がある、自分の命をかけられるものだと、捨て身の気持ちで始めました。

 開業当初は、アオイゼミのプログラムは外部の会社に委託していました。しかし、既存のeラーニングシステムを間借りするような感じで、システムがだいぶ古かったのです。そこで自分たちがやりたいことをやるなら自社開発をするしかないと、サービス開始から約1か月で内製に切り替えました。

◆昼はバイト、夜は授業…従業員の給料のため続けた「二足のわらじ」時代

--システムの外部委託から自己開発まで、気付いてからの行動が早いですね。

 あのときは、常に危機感をもっていましたからね。予算もなかったので学生のエンジニアを集めて、自社開発で現在のアオイゼミの原型を作り上げました。現在もですが、昔からアオイゼミは学生のインターンに支えられています。従業員の給料を支払うため日中は創業者3人でバイトをして、夜にアオイゼミの授業を行うという二足のわらじ状態が1年半続きました。とにかくお金がなく、役員3人は共同生活をしていて、食費が月1万円だった時期もあります。

 自社開発を行うようになってから、アオイゼミは現在もシステム開発からコンテンツ開発まですべて自社で行っています。どうしても人が多くなりますので、ある意味私たちのようなベンチャーはやるべきではないのかもしれませんが、これもこだわりのひとつです。

 講師とエンジニアは、開発担当や講師といった職域を超えてお互いを尊敬して仕事やプロジェクトを行っています。メンバーは若手が多く、既成概念にとらわれません。しかし、教育サービスとしてはまだまだ新しく実力不足なので、歴史ある教育産業の先輩方にお話を聞くなどして勉強をしています。

--開業当時のユーザー数はどのぐらいでしたか。

 最初はPCのみだったこともあり、月に数百人ほどの新規登録者数でした。転機が訪れたのは、iPhone版をリリースした2013年8月です。1日の登録者が数百人単位で増え、10倍以上になりました。当時はアプリをリリースしただけで、ここまでユーザーが増えるのかと驚きました。その後、KDDIが行っている起業家支援プログラム「∞Labo(ムゲンラボ)」に参加し、それ以降はぎりぎりの経営からなんとか脱出できました。

資金調達で講師の充実とサービスの拡充をねらう

--11月25日に総額2.8億円の資金調達したことを発表されましたね。資金調達に至った背景を教えてください。

 もともとKDDIさんとは∞Labo(ムゲンラボ)でお世話になっていたこともあって、資金調達をご相談してみました。資金調達のねらいのひとつは、講師陣を充実させることです。

 講師はまず人柄として謙虚で、かつライブストリーミングという新しい授業を受け入れられる柔軟性があること。常に数字を意識した成果主義であること。これは売上だけでなく、子どもの成績をいかに上げられるかということです。ゼミとしては成績が上げられないと価値がないですから。

 私も講師を担当していたので経験がありますが、3か月ぐらいやっていると、カメラの先に子どもの顔が浮かんでくるようになります。私たちは、ただ授業の映像を収録しているわけではありません。カメラの先には数千人の生徒たちがいます。"人と人とのコミュニケーション"がいちばんコアなところで、そうしたことを意識して授業できることは、経歴よりも大切なことだと思っています。

◆画面を抜け出した交流が高評価、保護者からも届く感謝の声

--アオイゼミの利用者やその保護者からはどのような声がありますか。

 保護者からの声としては「自分で勉強するようになった」というご意見をよくいただいています。ライブ授業を中高生向けに無料で配信しているのはアオイゼミだけです。また、2か月に1回ほど会社見学を行っており、参加する生徒は直接先生に会って質問したり、生徒同士の交流をしたりと、楽しんでいるようです。付添いの保護者の方からも、「画面越しに見ていた先生がこんなにも教育のことを真剣に考えてくれていて信頼度が上がった」という感想をいただきました。

 そのほかにも、利用者からは「自分から進んで勉強するようになった」というレビューや「勉強が楽しくなった」という意見、さらには実績として「テストの点数があがった」という感想もありました。アンケートでは、87%が「成績があがった」、97%が「定期試験の役に立つ」と回答しています。夜遅くまで塾に通わなくてもいいけれど、塾みたいな教室でみんなと受けているような感覚で楽しい。そして楽しいから勉強が続けられるというわけです。

教育の格差をゼロに…「伴走」とIT技術で子どもの未来をサポート

--今後、どのようなサービスを子どもたちに届けたいとお考えですか。

 私たちのやっていることは、生徒たちが将来「何かになりたい」というものを見つけて、それを実現できる手伝いをするサービスです。今はセンター試験制度の改革などをはじめ、教育業界自体が揺れている時期ですが、英・数・国・理・社などの基礎学力の必要性に関しては絶対になくならないと思っています。単なる受験テクニックを伝授するのではなく、"気付き"を与えられるサービスでないと生き残れません。

 たとえば、高校講座の現代文では生徒が主体的に考えるきっかけを与えられるような授業をすでに実践しています。中高生までの時期に、"文章や問題の本質"を考えられる力をどれだけつけられるか、そういった授業をほかの教科でも実践していきたいと思います。それに加え、将来を考えるという意味で、社会科見学やお金に関する授業などをコンテンツとして備え、広い視野をもってほしいと思います。

 私たちは生徒たちの伴走者で、「一緒に頑張る」ことしかできません。しかし、伴走者であり、指導者でもあるので、生徒が頑張るためにはどういうサービスをすればいいのかということを常に考えています。

 そして、私たちのミッションは「教育の格差をゼロにすること」です。その格差とは、「経済格差」、近くに良質な学習塾がないといった「地域間の格差」、そして「意識の格差」の3つです。無料で受けられるアオイゼミは経済格差をなくすひとつの方法で、2015年4月にスタートした特進コース「SACLASS(サクラス)」は地域間の教育格差をなくすためのものです。「SACLASS」はIT技術によって地方にいても24時間体制で最高品質のサポートを提供できます。

 また、「学校に行きたいけれど、行くための方法がわからない、お金がない」といった問題は、たとえば奨学金制度のことを知っていれば解決できたかもしれません。私たちは勉強をやる気にさせる意識づくりや、将来の夢や目標を見つけるきっかけになりたい。だからこの3つの格差をゼロにしたいと思っています。

--ありがとうございました。

 生徒たちから「塾長」として親しまれている、飾らない人柄の石井氏。言葉の端ばしから、アオイゼミへの熱い思いと、教育への情熱が伝わってきた。ITという武器で教育業界に斬りこんだその志で、子どもたちに新しい勉強の楽しさを伝えてくれるだろう。

《相川いずみ》
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