【THE REAL】鹿島アントラーズ・昌子源を成長させる数奇な冒険…歴史を塗り替える快挙への挑戦 | Push on! Mycar-life

【THE REAL】鹿島アントラーズ・昌子源を成長させる数奇な冒険…歴史を塗り替える快挙への挑戦

■思いもよらない24歳のバースデープレゼント

エンタメ エンタメ
昌子源 参考画像(2016年7月6日)
  • 昌子源 参考画像(2016年7月6日)
  • FIFAクラブワールドカップ 鹿島アントラーズ対オークランドシティ戦(2016年12月8日)
  • FIFAクラブワールドカップ 鹿島アントラーズ対マメロディ・サンダウンズ戦(2016年12月8日)
  • アトレチコ・ナシオナル参考画像(2016年7月6日)

■思いもよらない24歳のバースデープレゼント

一生忘れられない誕生日となった。中学生まで心技体を磨いたガンバ大阪のホーム・市立吹田サッカースタジアムで、24歳になったばかりの鹿島アントラーズのDF昌子源は1時間あまりで3度も頭を下げた。

11日夜に行われたFIFAクラブワールドカップ準々決勝。アフリカ大陸代表のマメロディ・サンダウンズ(南アフリカ共和国)戦のハーフタイムに、昌子はおもむろにチームメイトたちに謝っている。

「前半はホンマにごめん。後半はもう一回集中し直して、絶対にゼロでいくから」

頭を下げながらも、全身に激痛が走っていた。まさかのアクシデントが発生したのは、前半の20分すぎだった。競り合った際にFWカマ・ビリアトのひじが口元を直撃し、その場に倒れ込んでしまった。

メディカルスタッフが慌てながら、昌子のもとへと駆けつける。応急処置をほどこそうと患部を見ると、驚くべき事実が明らかになった。前歯がひとつ、真っ二つに砕け散っていたからだ。

「ホンマに言い訳になるかもしれんけど、この歯がいって(折れて)からマジで集中できなくなって。神経がむき出しになった状態で、風が当たるだけでめちゃくちゃ痛くて」

マメロディ・サンダウンズ戦で昌子とセンターバックを組んだ、リオデジャネイロ五輪代表の植田直通は、パートナーの異変にすぐに気がついた。コーチンングの量にも質にもこだわる男が、急に寡黙になったからだ。

「ナオ(植田)からも『ゲン君、急に黙った。前半の途中から声を出さなくなった』と言われて。前半は特にソガさん(GK曽ヶ端準)に助けられたというか、集中力が続かなくてホンマに情けなかった」

マメロディ・サンダウンズ戦 参考画像(c) Getty Images
それでも猛攻にさらされた前半を何とか無失点で防ぎ、後半にあげた2ゴールで結果として快勝した試合後の取材エリア。半分欠けた歯をメディアに見せながら、昌子は再び頭を下げている。

「いまはちょっとしゃべりたくないというか。サッカーなので歯のことは言い訳にはできんけど、僕も初めての経験やから…しゃべっているだけでも痛いし、今夜は寝られそうにないですわ」

■立て続けに“未知との遭遇”を果たした3週間

試合中に歯を折られただけではない。決して大げさではなく、11月23日に幕を開けたJリーグチャンピオンシップから、昌子は心と体の両面で“未知の世界”と立て続けに遭遇してきた。

準決勝は年間勝ち点2位・川崎フロンターレのホーム・等々力陸上競技場に乗り込んだ。レギュレーションでは、年間勝ち点3位のアントラーズは90分間で勝たなければ浦和レッズが待つ決勝へは進めない。

決戦前に、昌子は動画投稿サイト『YouTube』で自身が加入する前のアントラーズの試合映像を見た。普段は試合前にお気に入りの音楽を聴く男が、何かに導かれるかのように先輩たちの一挙手一投足に見入った。

2009年12月5日、敵地・埼玉スタジアムで前人未到のリーグ3連覇を達成したレッズ戦の映像だった。画面のなかではディフェンスリーダーが背負う「3」番の前任者、岩政大樹が圧倒的な存在感を放っていた。

「最後は押せ押せで攻めてきた浦和を鹿島がことごとく跳ね返して、確か高原(直泰)さんのシュートを(岩政)大樹さんが一歩寄せて、左足で当てて防いでいた。あの時間帯で、あそこで左足が出るなんて奇跡としか言いようがない。これが鹿島や、これが鹿島の3番やと思った」

常勝軍団と呼ばれるチームの最終ラインを束ねるために必要な勇気と覚悟。7年もの時空を超えた映像に背中を押された昌子は、リーグ最強を誇るフロンターレの攻撃陣を完封。下克上の第一章を縁の下で支えた。

迎えた11月29日。ホームのカシマサッカースタジアムにレッズを迎えた決勝第1戦は、後半5分にPKで先制を許す最悪の展開となる。いまにも途切れそうな緊張感を、昌子は必死につなぎ止めていた。

「あの状況で2点目を取られると、正直、第2戦は厳しくなると自分では思っていたので。とにかく、最低でも1失点で抑えようと。0‐2のスコアにされるのが一番嫌やったので、まあまあかなと」

■語り継がれるであろう執念のシュートブロック

敗れこそしたものの、昌子はセンターバックを組んだ元韓国代表ファン・ソッコと「この点差をキープ!」と声をかけ合う。第1戦を最少失点でしのぎ切ったことで、アントラーズは希望の灯を第2戦へと紡いだ。

決勝は2試合を通じて勝ち星の多いチームが年間王者の称号を手にする。1勝1敗の場合は(1)2試合の得失点差(2)2試合におけるアウェイゴール数の差(3)年間勝ち点1位チーム――の順で雌雄を決する。

つまり、アントラーズが勝っても1‐0ならば(1)と(2)が並び、歴代最多タイを数える「74」もの勝ち点を積み重ねたレッズが(3)で美酒に酔う。アントラーズの勝ち点は「59」と大きく引き離されていた。

一転して2‐0なら(1)が、2‐1ならば(2)が適用されて、下克上の第二章を超満員で埋まった敵地で成就させることができる。2点差をつけて勝つ、ではなく、2点を取って最終的に勝てばいい。

レギュレーションをしっかりと頭に叩き込んでいたからこそ、開始わずか7分でレッズに先制されても焦らなかった。2点目を許さずに、2点を取る。なすべきことが鮮明にわかっていたからだ。

実際、前半26分にあわやのピンチを迎えた。レッズのMF宇賀神友弥のスルーパスに反応したMF武藤雄樹が抜け出し、放ったシュートは間一髪で飛び込んできた昌子の足に当たってゴールを外れた。

「一歩遅れてしまったのでダメかなと思いましたけど、『ここで届かんかったら終わりや』と本当に気持ちで滑りました。そうしたら足の先に微妙に当たってくれた。そういうところでちょっとずつ、流れが傾いてくれたんだと思います」

試合は前半のうちにアントラーズが追いつき、レッズに焦りが見え始める。迎えた後半33分。レッズの日本代表DF槙野智章が痛恨のPKを与え、FW金崎夢生が執念で決勝点をねじ込んだ。

光と影が交錯した試合後の取材エリア。昌子に聞きたいことがあった。フロンターレ戦前に見た岩政のブロックのように、武藤のゴールを阻止したプレーがアントラーズの歴史で語り継がれていくのでは、と。

■レジェンドから伝統というバトンを受け取るために

ロッカールームから取材エリアへ移動しながら、昌子自身も「鹿島の伝統とは何か、と聞かれるんやろうなと思っていたんですけど…」と苦笑いを浮かべながら、何とも意外な言葉を口にした。

「正直、わからないんですよね。(小笠原)満男さんとソガさんを中心としたチームであることは間違いないですし、あの2人についていけば勝てるんじゃないか、と思わせる背中を2人はいつも見せてくれる。言うたら、あの2人そのものが鹿島の伝統なんじゃないか、と」

ともに1979年生まれで、37歳になった大ベテランの存在感をあらためて感じた。もっとも、頼るだけではいけない。入団6年目。2人からバトンを託される資格を、手に入れかける時期にさしかかってもいる。

「来シーズンの前にクラブワールドカップや天皇杯もありますし、そこでいきなり負けでもしたら、それこそ『何や、お前ら』となるやろうし、そこはしっかりと結果を出せるように頑張らないと」

オークランドシティ戦 参考画像(c) Getty Images
宣言通りにオセアニア大陸代表のオークランド・シティ(ニュージーランド)との1回戦に勝利し、中2日で臨んだ準々決勝。アフリカ勢との対戦経験がなかった昌子は、衝撃と同時に楽しさを覚えていた。

よく言われる身体能力の高さや、トップスピードに到達する驚異の加速度だけではない。何度も競り合った身長167センチのMFパーシー・タウからは、得体の知れない“強さ”を何度も感じた。

「最初は戸惑ったというか、難しかった。特にあの22番の小っちゃい人(タウ)なんて、あの体じゃありえんくらいに力が強かった。すごくいい経験になったし、やっていて面白かった」

スピードのある相手に体を密着させすぎれば、一瞬の隙を突かれて入れ替えられてしまう。我慢して間合いを保ち、ボールが入った瞬間に前へ出て奪う。後半に入ると極意をつかみ、危なげなく相手を零封した。

感覚の変化や手応えについてもう少し話を聞きたかったが、ここで昌子は三度、頭を下げた。いつもはじょう舌な男が4分ほどで質疑応答を切り上げ、足早に取材エリアを立ち去っていく。

「いまから病院に行くので。応急処置で神経を取るとか。とにかく、痛みがないようにしないと」

歯の痛みが限界に達していたと、容易に察しがつく。伝統を背負う覚悟。逆境で耐え抜く精神力。不慮のアクシデントをはね返す強さ。わずか3週間の間に、昌子は濃密な経験を心身両面に刻んだ。

アトレチコ・ナシオナル 参考画像(c) Getty Images
成長への冒険はまだ終わらない。準決勝の相手は南米大陸代表のアトレティコ・ナシオナル(コロンビア)。南米特有の巧さとずる賢さを真剣勝負の舞台で経験し、乗り越えるまたとないチャンスが巡ってきた。

「ここまで来たら決勝にいきたい。(8月の)スルガ銀行チャンピオンシップでコロンビアのチームに負けているので、借りを返すじゃないけど、しっかりと南米のチームに勝ちたい」

日本勢だけでなく、アジア勢としても初の決勝進出の快挙を成就させるために。アントラーズの最終ラインを統率する昌子は痛みを真っ赤な闘志で相殺して、歴史的な大一番のピッチに立つ。

《藤江直人》
page top