
カーオーディオになくてはならないもののひとつ。それがドアのデッドニングだ。クルマの鉄板にはもともと防振処理などはおこなわれていないため、スピーカーの振動が直接間接に伝わって様々な悪影響を及ぼす。この振動を抑えるための処理がデッドニングだ。
現在最も広く使われているデッドニング材として、レアルシルトがある。発売はイース・コーポレーションだが、開発・製造を行っているのは積水化学である。いったいどういう経緯でレアルシルトはできあがったのだろうか。

写真左から評論家 井上千岳氏、イースコーポレーション取締役副社長 関口周二氏、積水化学工業 インフラ複合材事業部 防音材料チーム 営業担当係長 岡村辰之助氏
セキスイでは様々な素材を開発しているが、中でも建物の壁に対する防振処理で画期的なのが、カルムーン(calmmoon)シートと呼ばれる製品である。これがレアルシルトの直接の母胎となった。
それまで壁の防振といえば、石膏ボードなど重量物を貼りあわせその重さと厚みで振動を抑えるのが普通だった。作業性も悪いうえに隙間があると性能が低下するなど、制振材としては必ずしも使いやすいものではなかったわけである。
カルムーンシートは特殊な樹脂に金属の薄い板を貼り合わせた軽量なシートで、粘着性もあるため壁に貼り付けるだけでいい。手軽なうえ、素材自体に振動を吸収する作用があるため、壁の全面に貼る必要もないという大変理想的な防振材だったわけである。
このカルムーンシートを、建物以外の別な用途にも使うことはできないか。そう考えるのは当然で、実際空調ダクトや鉄骨階段、工場のプラント設備など様々な場所で広く使われているそうだが、面白いところではスコップの裏側に貼るというのもある。主として鉄道の保線工事に使うのだそうで、そういった工事は夜間に行われることが多い。スコップで砂利を掘る音はかなり響くらしく、カルムーンシートを貼ることでかなり緩和されるのだという。
さて当然クルマの防振という話もあって、カーオーディオ用にどうかということになったが、セキスイではそうした経験がない。人を介してイース・コーポレーションに協力を依頼したのが、レアルシルトの始まりである。

そのカーオーディオでの状況はどうだったというと、こちらもやはり現在のように優れた防振材はまだなかったようだ。主にアスファルトやブチルゴムといった素材が使われ、ドアの鉄板一面に塗りつけるという方法が一般的だったという。
こういった素材は塗り残しがあるとその部分だけ振動するという性質なので、どうしても全面にべったりと塗らなければならない。また手や衣服に着きやすいため、うっかりシートなどに黒いシミができたりする。作業場もやっかいなものだったわけである。
カルムーンシートはそうした意味からも、理想的な防振素材だった。ただクルマのドアは家の壁や工場設備などと違って凹凸が多い。このため柔軟性が必要だし、またカルムーンシート自体が粘着性を持つとはいえ、温度によって粘着強度は変化する。さらに表面の仕上げもこだわってほしいといった要望が、イース側から出されたようだ。約1年あらゆる角度から検討を重ねた結果、2004年に発売されたのがレアルシルトというわけである。
レアルシルトは振動吸収性能が非常に高い。また可聴帯域全体にわたって性能が均一であるのも、オーディオ用として好都合だ。実際に測定データを見ると、80〜300Hz付近のレスポンスの盛り上がり(主に共振によるもの)が平らに抑えられているのがはっきりわかる。このため不要な高調波を生じることがなく、ソースの音をストレートに再現することが可能になる。また対象面の一部に貼るだけで十分な効果が得られるため、面積も少なくて済むことになる。
ところがこの点が、最初の頃はなかなか理解されなかったそうだ。アスファルトなどをドア全面に貼ることに慣れているショップ側からすれば、一部分に貼っただけではどうしても安心できなかったらしい。このため全面に貼れるような大判のものはないのかといった問い合わせもかなりあったという。本当はそんな必要はなく、また貼りすぎればかえって逆効果になることもあるわけだが、そのことが浸透するまでには多少の時間がかかったらしい。いまではそうした誤解はなくなったそうであるが。

このようにデッドニングというのはドア面の振動を抑制するもので、スピーカーの音を決定するかなりベーシックな部分になっている。スピーカーを取り付けた面には直接の振動が伝わるし、内外の鉄板には間接的な振動が残る。これが余分な高調波成分となって、音に乗ってくるわけだ。だからレアルシルトが発売されたとき、スピーカー自体の音がストレートに出てくるということが専らの話題となった。デッドニングがあって初めて本物の音が出るようになるといっていい。
レアルシルトは柔軟なので、対象面の凹凸に合わせてぴったり貼り付けることができる。このためドア内のコーナーなども丁寧に処理することができるし、一方表面は金属面なのでサービスホールをふさぐのにも都合がいい。ブチルなどではこういったことは難しい。
性能や作業性など色々な面で優れた特質を備えるレアルシルトは、発売から4年を経た現在では、防振材の定番として広く使われている。そこでさらに高度な性能を求めてワングレード上の製品が求められるようになった。プロショップなどからも、一般のとは違うもっと高級なものという要望があったようだ。その結果開発されたのが、昨年発売になったレアルシルト匠である。
レアルシルトはオレフィン系の特殊樹脂に金属を貼り合わせ、粘着層を設けたものだが、レアルシルト匠はこの樹脂層の厚みを10%ほど増やしている。このため全体の厚みも約2倍の2.05mmとなっているが、これによって振動吸収性能は約20%向上したという。また表面仕上げはブラックで、ロゴマークを抜きにしてアルミ地が出る高級感のあるものとなった。防振材はドアの中に収まってしまうので外から見えるわけではないが、これもこだわりのひとつといえる。
ただ厚みが増したために加工は難しくなり、手を切るなどの危険性もあるため、一般への市販は行っていない。取り付けはRS-takumi認定ショップだけに限られるが、こうしたことも上級モデルとしての意識の現われといえる。

レアルシルトにはもうひとつ、別の側面を持った製品が存在する。レアルシルト・ディフュージョンがそれで、これは単なる吸音材ではなくもっと多様な機能を備えている。
ディフュージョンは表面に複雑な凹凸を持った板状の製品で、非常に硬くしかも軽量だ。素材は発泡性のオレフィン系樹脂ということだが、硬さの秘密はその発泡の形状にあるそうだ。通常の発泡素材は中の気泡が球形をしているが、ディフュージョンではそれがラグビーボールのような楕円球になっている。このため容易に潰れず、またひとつひとつの気泡が独立しているので、非常に硬い素材ができ上がっているのだという。気泡がくっついていないため、断面から水が浸透することもない。Zetlon(ゼットロン)というセキスイが世界に先駆けて開発して硬質発泡体である。
表面の形状は裾広がりの山と谷でできているが、この形が反射と拡散を同時に実現する。もちろん吸収も行うため、不要な振動は抑えながら適度な拡散性が得られる。ドア内部の反射の適正化だけでなく、ホームオーディオでもリスニングルームの壁面処理などに効果が高い。これからのオーディオ業界で、幅広い需要が見込まれる新素材である。
セキスイが開発したのはレアルシルトだけではない。まだオーディオ用には使用されていないが、エスロンネオランバーFFUという新しい素材もあるそうだ。これはいってみれば樹脂による木材のようなもので、プラスチックの新しい用途を開くものといえる。
FFUはファイバーリインフォースド・フォームド・ウレタン。つまり硬質ウレタン樹脂をガラス長繊維で強化したものだ。グラスファイバーの中に発泡体が細かく分散したものと考えるとわかりやすい。
FFU自体はそう新しいものではなく1974年に開発されているが、木材と違って吸水性がなく、腐食もしなければ酸やアルカリにも強く、いくらでも長く寸法を取ることができる。このため工場や水処理施設など広い範囲で活用され、線路の枕木も多くはこれだそうである。
仮にクルマのドアに使うとしたら、軽量で強度の高いバッフルやコンパクトなエンクロージャーなどに応用することはできないだろうかと思った。これに各種レアルシルトを組み合わせれば、理想的なカーオーディオ環境を作り上げるのも夢ではなさそうだ。新素材の作る音の世界には、まだまだ可能性が残されているようである。
2008-05-01 [TEXT:井上千岳/ PHOTO:Mycar-life編集部]
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