
小さな羨望

ある休日、釣り船に乗って海に出ました。
天気はまずまずでしたが下り坂だったようで、海が少し荒れ予想以上に船が揺れました。甲板に設置されたトイレの便座には座るのすら難しく、天井の低い個室で頭を何度も強打。なおかつ魚の群れを探すも見つからず、海の上を走り続けているというあまりよろしくないコンディションだったので、久しぶりに乗り物酔いをしてしまいました。早めに察知してキャビンで眠ることにしたため事なきを得ましたが、こういうのはちょっとつらいですね。お酒以外のものに酔うなんてことは最近なかったので、自分でも驚きました。
思い返せば子どもの頃、家族でドライブに出かけると必ず気持ち悪くなっていた私。車内のにおいや揺れ、密閉された空間の閉塞感などが原因だったのでしょうか。窓を開けてもらったり、あめ玉を舐めたりしてごまかしつつも、とても苦しかったことを覚えています。
大人になってからは耐性ができたのか、あまり意識しなくてもやり過ごすことができるようになりました。ですから、そんなことはすっかり忘れて呑気に過ごしていましたが、その時分のトラウマは車に対してあまり興味を持てなかった要因のひとつなのかもしれない、などということに今更気づきました。
車に乗らない(乗れない)私の移動手段はもっぱら徒歩。遠くへ出かけるときは電車を利用しますし、歩くには少し距離があるかな、というときは自転車です。現状、これで特に不都合や不満はありませんし、徒歩や自転車のときは風を体で感じるので気分爽快。体にも良さそうな気がします。
でも最近は、カーオーディオのシステムがビシッと揃えられた車やオーナーのプライベート空間として完結している車を見ると、少しだけうらやましい気持ちを持つようにもなってきているのも事実です。それぞれの思いでアレンジされた車というものは、見方によってはひとつの作品のように見えたりもします。車を乗りこなし、車内の空間を自分らしく使いこなしている人は、なんだかカッコいいなぁと思うのです。
とは言っても、何か大きなきっかけや変化が起こらなければこの先自分で車を所持したり、運転したりすることはないと思います。うらやましい気持ちはそのまま温めて、車好きの人たちの素敵な車を楽しませてもらいましょう。私は私で他の方法で自分らしい表現をしていければよいのです。
ガソリンが値上がりし、環境問題も指摘されている昨今。こんなふうに車に対するコンプレックスと戦っている(?)私も「家計に優しいエコロジスト」として評価されるご時世なのかもしれませんね。
2008/7/7(tsuru)