【THE ATHLETE】レブロン・ジェームズ、故郷に捧げた半世紀ぶりの栄冠 | Push on! Mycar-life

【THE ATHLETE】レブロン・ジェームズ、故郷に捧げた半世紀ぶりの栄冠

1年前の2015年6月16日、クリーブランド・キャバリアーズは本拠地クイックン・ローンズ・アリーナでゴールデンステート・ウォリアーズに破れ、2勝4敗でNBAファイナル初優勝を逃した。

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NBAファイナルでクリーブランド・キャバリアーズが優勝(2016年6月19日)
  • NBAファイナルでクリーブランド・キャバリアーズが優勝(2016年6月19日)
  • NBAファイナルでクリーブランド・キャバリアーズが優勝(2016年6月19日)
  • 2015年NBAファイナルで敗れたクリーブランド・キャバリアーズのレブロン・ジェームズ(2015年6月16日)
  • 2013年にマイアミ・ヒートでNBAファイナルを連覇したレブロン・ジェームズ(2013年6月20日)
  • NBAファイナルでクリーブランド・キャバリアーズが優勝(2016年6月19日)
  • NBAファイナルでクリーブランド・キャバリアーズが優勝(2016年6月19日)
  • NBAファイナル、レブロン・ジェームズ(左)とステフィン・カリー(2016年6月19日)
  • ステフィン・カリー(左)とクレイ・トンプソン(2015年4月20日)

1年前の2015年6月16日、クリーブランド・キャバリアーズは本拠地クイックン・ローンズ・アリーナでゴールデンステート・ウォリアーズに破れ、2勝4敗でNBAファイナル初優勝を逃した。

プレイオフ1回戦でケビン・ラブが肩を脱臼し、カイリー・アービングもファイナル第1戦で膝蓋骨を骨折。ビッグ3と呼ばれた男たちのうち、最後まで残ったのはレブロン・ジェームズだけだった。

獅子奮迅の活躍を見せたレブロンだが、最後は西カンファレンス王者のチーム力に屈する。頂点を目前に敗れたチームは歴史を変えることができず、またもクリーブランドには敗北の記憶と記録が刻み込まれた。
■栄光から半世紀見放され続けたクリーブランド

クリーブランドはオハイオ州北東部に位置する人口40万人ほどの街だ。オハイオ州内ではコロンバスに次ぐ第2の都市とされる。この街はスポーツが盛んで北米4大プロスポーツリーグのうち、NHL(アイスホッケー)を除く3競技のチームがここを本拠地としている。

NFL(アメリカンフットボール)のブラウンズ、MLB(野球)のインディアンス、そしてNBA(バスケットボール)のキャバリアーズだ。しかし、この街のチームがチャンピオンになったのは1964年にブラウンズがNFLを制したのが最後。半世紀も栄冠から遠ざかっていた。

1990年代にはインディアンスが2度ワールドシリーズに出場したが敗退、キャバリアーズも2007年に初めてNBAファイナル出場を果たすが敗退。これだけスポーツに力と情熱を注ぎながら、クリーブランドは栄冠をつかむことができないでいた。

■王の帰還で優勝への期待が高まるも…

後にクリーブランドの救世主になる男が生まれたのは1984年12月30日、場所はオハイオ州北東部にあるアクロン・ジェネラル・メディカル・センターだった。レブロンと名付けられた少年は成長するとバスケットボールに才能を見せ始め、高校生のときにはすでに全米のファンに知られる存在となっていた。

高校卒業後は大学に進学せずプロ入り、18歳の若さでキャバリアーズから全体1位指名を受けた。プロ入り前の期待そのまま順調に成長したレブロンは2009年、2010年に2年連続シーズンMVPを獲得。NBAのスーパースターとなるが、チームはファイナルを制することができなかった。

タイトルを切望するレブロンはフリーエージェントになった2010年、マイアミ・ヒートに移籍する。地元の英雄は一転して裏切り者と呼ばれ、彼のユニフォームを燃やすファンも出現。
ヒートに移籍したレブロンは2012年、2013年のファイナルを連覇。悲願の優勝を成し遂げるが、彼の心の中には常にクリーブランドへの想いがあった。初優勝後のインタビューでは、「クリーブランドで優勝できたらどれだけ素晴らしいか」と話している。

その目標を達成するためレブロンは2014-15シーズンの前に、キャバリアーズ復帰を決断する。レブロン流出後に成績が低迷していたキャバリアーズも、彼の復帰に合わせ選手補強を行った。レブロン、アービング、ラブの3名を中心とした布陣はクリーブランドの歴史を変えられると期待してシーズンに臨んだ。

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■同じ病院で生まれた宿命のライバル

ここで物語の舞台をアクロン・ジェネラル・メディカル・センターに戻そう。この病院ではレブロンのほかにも、後にNBA入りするバスケットボールプレイヤーが産声をあげている。レブロンから遅れること4年後の1988年3月14日に生まれた男児は、NBAの名シューターとして名を馳せたデル・カリーを父に持ち、ステフィンと名付けられる。

彼は父親譲りの才能に人一倍の努力で磨きをかけ、デビッドソン大学から2009年のドラフトで全体7位指名を受けウォリアーズに入団した。
3ポイントシューターとしてのカリーは異質な存在だ。従来のシューターはボールを受け取る側だった。いかにフリーでパスをもらい、ここぞという場面で決めるか。基本的には味方のアシストによって見せ場を作る。ところがカリーのポジションはパスの供給源であるポイントガード。自らボールを運び、ゲームを組み立て、プレーを瞬時に選択する。相手が思いもよらないタイミングで何気ない動作から超ロングシュートを放ち、見ている者をアッと言わせる。

加えて父親のアドバイスでアマチュア時代に矯正したというフォームは、ボールのキャッチからリリースまでが速く、捕ったと思ったときにはシュートが放たれている。

3ポイントシューターとして才能を開花させたカリーは、2014-15シーズンにウォリアーズの快進撃を支えた。クレイ・トンプソンとのスプラッシュブラザーズは、バスケットボールファンなら知らない者はいない存在になっていく。

そして2015年のNBAファイナル、同じ病院でそれほど離れてない時期に生まれたふたりの男は、この年の頂点をかけ争った。この運命的な偶然をカリーは楽しんでいた。

「面白いよね。僕らはたまに、『今でもあの病院では才能ある子どもが生まれてるんじゃないか』なんて冗談を言ってるんだ」

■1勝3敗からの大反撃で最終戦に持ち込む

前年のファイナルで敗れたレブロンとキャバリアーズは、悲願の優勝に向け2015-16シーズンに臨んだ。プレイオフでも順調に白星を積み重ね2年連続のファイナルに進出。ファイナルの対戦相手は2年連続でウォリアーズだった。レギュラーシーズンでは2度戦って2敗したが、シーズンとプレイオフを通じて成熟が進んだ今のチームなら勝てるという自信があった。

だが第1戦、第2戦を大差で落とし雲行きが怪しくなる。第3戦は勝利したが、第4戦を本拠地で落として1勝3敗。NBAの歴史で1勝3敗から逆転でファイナルを制したチームは存在しない。

さらにケビン・ラブが第2戦で脳震とうを起こし、第4戦で復帰したが精彩を欠いていた。またも高い壁に跳ね返されるのかと思われた第5戦、ここまで大人しかったレブロンが41得点の爆発、アービングも41得点を挙げ敵地で勝利。クリーブランドに戻った第6戦も勝って3勝3敗のタイに戻した。

この間にはアンドリュー・ボーガットの骨打撲、ドレイモンド・グリーンの1試合出場停止、アンドレ・イグダーラが背中の不調を訴えるなどウォリアーズ側にアクシデントもあった。しかし、それを差し引いてもキャバリアーズが見せたスモールラインナップへの対応、自分たちのバスケットボールをやりきる精神的な吹っ切れ具合が呼び込んだ勝利と言えるだろう。

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■第7戦は名実とも史上最大の決戦に

壮大な大河ドラマを背景に持ち、劇的な展開が続いた2016年NBAファイナル。その視聴率は中継したABCネットワークによると、同イベントでは史上最高の18.9%を記録した。

全米が注目した一戦は、ここまで見られなかった僅差の接戦になった。レブロンが攻守に鬼気迫るプレーを見せ、アービングもシリーズ後半からの好調を維持。ラブはシュートタッチこそ戻らなかったが、14リバウンドで前半からゴール下を支えた。

試合は89-89のまま最終クォーター残り数分からスコアが動かない。両チームとも堅いディフェンスを見せ4分近く無失点が続く。この展開にアービングは、「先に点を取ったほうが優勝する可能性が高い」と感じていた。

先に決定機を迎えたのはウォリアーズ。残り2分を切ったところでイグダーラのディフェンスリバウンドから速攻、自陣にJR・スミスひとりしか残っていなかったキャバリアーズに対し、ウォリアーズはイグダーラとカリーが素速く攻め上がる。

カリーとのパス交換でスミスを翻弄したイグダーラがレイアップ。決勝点になるかと思われたが、ふたりの後ろを走っていたレブロンが最後の瞬間に追いつき、シュートをボードに叩き付けてブロック。

現地の解説も「スーパーヒューマン!」と絶叫したディフェンスに、シュートを止められたイグダーラも、「彼はシリーズを通してあれをやってきた。彼はチームのために素晴らしいプレーをした」と脱帽した。驚愕のプレーで窮地を脱したキャバリアーズ。この試合もうひとつのハイライトが1分後に訪れる。

試合時間残り1分を切りボールはアービングの手に。敵陣でドリブルする彼にカリーがディフェンスでついた。この場面でアービングが思い切って狙った3ポイントシュートは、綺麗な放物線を描いてゴールに吸い込まれる。1年前は病院のベッドの上でファイナルを見ていた男が、土壇場で決定的な1本を沈めた。

優勝を大きく手繰り寄せるシュートを決めたアービングだが、最初に思ったことは「カリーとトンプソンのディフェンスにつかなくては」だった。このチーム相手に3点差はリードと呼べないことを彼は知っていた。

決定的な得点がほしいキャバリアーズは、残り時間わずかで好機を得る。シュートを狙ったレブロンがグリーンとの接触で倒され、フリースローを獲得したのだ。しかし、このプレーでコートに手をついたレブロンは右手首を痛め、しばらく立ち上がれないほどのダメージを負う。

敵地のプレッシャー、痛む右手首の悪環境で1本目のフリースローは外れた。だがレブロンはすぐに修正し、2本目のフリースローをねじ込んでリードを3ポイントシュート1本では追いつけない4点に広げる。そして試合はそのまま終了した。
映画のようなと形容するにもできすぎな展開、フィクションなら「盛りすぎて安っぽくなっている」と言われてしまいそうなエモーショナルな場面の連続で勝利し、ついにクリーブランドの歴史を変えた。

試合が終了し、すべての重圧から解放された瞬間、レブロンは泣き崩れた。NBAのキングと呼ばれる男が人目もはばからず涙を流した姿は、この一戦にかける彼の意気込みを象徴するシーンだった。
コート上でインタビューを受けたレブロンは、あらためて今回の優勝がオハイオ州ノースイーストのためだと叫んだ。

「ここへ戻ってきたときにゴールを定めた。それはクリーブランドに優勝をもたらすこと。僕はそれに自分のすべてをかけた。すべてのオッズは僕らが不利だと語っていた。難しい戦いだった。クリーブランド、この優勝はお前たちに捧げる!」

■物語の終わりは、別な物語の始まり

物語は感動的な結末で幕を閉じたがNBAは来季以降も続いていく。すでに選手たちは次の戦いを見据えている。キャバリアーズの選手たちが喜ぶ姿から、カリーとイグダーラは最後まで目を離さなかった。

試合後の会見でこのことについて尋ねられたカリーは、「来季さらに強くなって戻って来るため、夏の間中ずっと記憶に焼き付けておく必要がある。僕らにできることはそれくらいだから」と話した。この敗戦を糧にカリーとウォリアーズはさらなる成長を遂げるだろう。

勝ったキャバリアーズもここで得た自身を胸に連覇を目指すことになる。その先にはマイケル・ジョーダン時代のシカゴ・ブルズが成し遂げた3連覇の偉業も見据えているはずだ。

ひとつのドラマが終わった。同時に新たなドラマはすでに始まっている。

《岩藤健》
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